岩城 宏之の本

岩城宏之の著書「オーケストラの職人たち」は楽しいです。

オーケストラの陰に職人あり、、それもその道のエキスパートを必要としているのです。

調律、写譜、運送、マネージメント、戦前、戦後間もないころの楽団の裏方の仕事はさぞかし苦労の多かったことで

しょう。 

コピーの無い時代、写譜の仕事の大切さは一目瞭然!

整然として見やすく美しい譜面は、演奏を左右すると確かに思える違いでした。

著者自らアルバイトに参加したハープの運送は、某デパートに運んだのですが、従業員用の出入り口から入り

休憩室のような空間のあちこちに「スマイルを!」と書いてあったので、思わずにっこりしてしまったそうです。

なんて素直な性格なんでしょう!

この他に文庫本で何冊かでています。 どれも事細かにテーマが分かれていてなるほどと思えたり、驚いたり、面

白いです。

ヴェルディのリア王

またヴェルディの話ですが、オテロもファルスタッフも10何年かぶりの作品で、今やオペラ界のマエストロのヴェルディの次のオペラを皆待ち望んだその時こそ「リア王」を作曲すればよかったのに、と思いませんか?
彼の思うままの配役も、実現できたでしょうに。もう邪魔する者もいないでしょう。
歌手達は主役を欲しがって彼の日常をかき混ぜたでしょうが、、
「老犬は吠えない!」と自嘲まじりに語ったのだそうですが、長い間温めたものを、何度か実現しかけたいわば積年の思いを形にするということを何故やらなかったのか不思議です。
オテロのときでさえミラノ市民のみならずイタリア中が今か今かと騒然とし、「オテロ」のことを「チョコレート」と言う隠語で話していたくらい公にならないよう細心の注意を払わなければならないほど注目されていたということです。
ただ、作曲と言う行為をヴェルディ自身はある時期、「ガレー船の奴隷」と喩えたくらい忌み嫌っていたのを思い出せば、慎重になる心理もわからないでもありません。
ただ、1オペラファンとしてリア王を作曲して欲しかったと思うのです。

ヴァイオリンと鵜飼

諏訪内晶子の著書「ヴァイオリンと翔る」で、「歴史と伝統を知らないで新しいことを言ってみても、それは単なる思い付きに過ぎないことが多い。本当の進歩ではない。」と云う恩師江藤先生の言葉がありました。
読みながら思い出したのが、日めくり万葉集というNHKの番組で、鵜匠の方の言葉です。
鵜飼いのやり方は昔から伝わってきた方法が1番良い方法で、新しい事を考えて試行錯誤したりしても、結局は間違っているのがわかる、、、  放送から時間が経っているので、少々うる覚えですが、要旨は上記のようなことです。
両者の言葉に共通性がありますね。
匠の技は何度と無く違う方法を編み出され、試され、その中で生き残った唯一の方法としてある時点で確立され、今日迄受け継がれたわけで、先人の知恵の深さに畏敬の念こそ持つべきで、畏れ多くも覆そうなど思うとはもっての外というわけですね。
昔の人はエライ!という結論に至るのです。 よく祖母が言ってました。

諏訪内晶子の本に戻りますが、著名な先生方から受けた貴重な助言の中で、オペラをたくさん聴きなさい、声楽家の技術はヴァイオリンの役に立つことがあるからと言われたそうです。
声楽も先人の知恵以外の何者でもないと言うことでしょうか?

ヴェルディの未完成??

ウィキペディァでヴェルディを調べてみたら、マノン・レスコーをてがけたが完成を見ることは無かったとありました。
ヴェルディがマノンを???  
何回かリア王に取り組み、その度挫折せざるを得なかったことは有名ですが、マノンについてはどの本にもちらりとも出てこなかったので、少々意外でした。
余談ですが、マノンレスコーは二十歳の頃原作を読み、マノンの美貌について神様が美を無駄使いした、、と書かれていたのを妙に覚えています。
ついでにカルメンについては 悪魔が加担した美しさ、、、とあり、そんな美人に是非お会いしたいものと、女性の私でも思うのですから、ホセやデ・グリューがメロメロになってしまうのが目に見える様です。

話を戻すとヴェルディがマノンを取り上げるか?という点です。
ヴェルディの傾向からすると、彼の作曲意欲を刺激する対象には遠いように思えるのですが、いかがでしょうか?
人間の心理の奥深い部分をえぐるようなドラマを表現したいヴェルディにとって、マノンは魅力があったか?
マクベス以来ドラマ中心の姿勢になり、更にりゴレット、椿姫で社会から逸脱した人物の悲哀、深い愛、怒り、徒労に終わる希望を描く。、その表現には作曲の定形、常識を覆す。劇的効果を生み出す為には予想しうる批判にも怯まず帝王のように描き出したいものに固執したヴェルディ。
更にドンカルロ、シモン・ボッカネグラ、オテロと為政者、権力者の無力感、心の弱さなど深遠なテーマが続きます。

気の変わりやすい意地悪な性格のマノン、、読んでいてもどうしてこんな女性に一生を台無しにされてしまうのか不思議でした。
多分女性には理解できにくいのかもしれません。
ヴェルディのヒロイン達はどんな身の上にせよ、純粋で心からの愛を意中の男性や父親に捧げます。
大きな政治の渦に呑み込まれる若い恋人たちの悲恋をよく描きます。
という訳でマノンとヴェルディは私の中では意外なのですが、、、




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怪我!

私事で申し訳ないのですが 、年末から災難続きです。
町の健康診断で癌の検査結果がCで、詳しい検査を受けるように書かれていたので、精密検査を受けました。
結果は安心していいといわれてほっとしたのですが、Dの段階なら紹介状が同封されていて、必ず再検査を受けなければいけないのであって、C段階なら来なくてよかったと言われました。
癌ではないとの診断に心が占めれれていて、ニコニコで帰ってきたのですが、良く考えると変ですよね。
A は安心してよい  Cは警戒 せよ D は精密検査を受けよ、、じゃあBは何なの?、、と。

そして手根幹症候群。
起床時に手が痺れるのです。たかが痺れですが結構な痛みで1ヶ月も続き日中も痺れてきたので診て貰いました。使いすぎ+年齢だそうで、深刻な病気ではないそうですが、リハビリが必要になりました。

更にお正月、わんちゃんに手を噛まれ、同じ病院にかけつけました。
そのワンちゃんの名誉のために言っておきますが、大変利口ないい子だったんです。
私が手をだしたのが馬鹿だったのです。
その傷もだいぶ治ってきました。

昨日、鍋料理のカニの殻をはさみで切っているとき、カニの棘が痛いわね、怪我しないようにしないと
またお医者さんに こんどはカニですかって笑われちゃうわ、、と言ったら、主人いわく「毛蟹だからケガするぞ!」

ジェニー・リンドという歌手をご存知ですか?

英語圏の人かと思われるかも知れませんが、スウェーデン人です。
本名はヨハンナ・マリー、1820年ストックホルム生まれ。
9歳で王立劇場付属学校で優待生として教育を受け、天才少女の名を欲しい儘にする
魔弾の射手のプリマドンナを歌いオペラにデビュー、「スウェーデンのナイチンゲール」と呼ばれ、ジェニーグッズが売れるほどの人気者に。
マイヤべーアのオペラ「悪魔のロベール」で成功を収め、「夢遊病の女」のアミーナ、「連隊の娘」のマリー、「ドン・ジョバンニ」のドンナアンナ、ノルマ等が当たり役だったようだがロンドンでヴェルディの新作「群盗」も歌い、ヴェルディをして評判どうりの声だったと言わしめている。  それどころか歌手を彼の作品に従わせるヴェルディが珍しくリンドの声を引き立たせる為楽譜に手を入れ、華やかなコロラトゥ-ラをたっぷり聴かせるアリアに変えたらしい。
メンデルスゾーンも「エリヤ」のソプラノの譜を彼女の声に合わせて筆を加えている。
ショパンも彼女のコンサートを聞いて、「ジェニーは普通の光の中にではなく、まるでオーロラの光の中に現れる人だ」と印象を語っている。

ジェニーに関わった人のなかに著名な人が多い。 アンデルセン、メンデルスゾーン、ストウ夫人、シューマン、クララ・シューマン、ブラームス等錚々たる名前が連なる。
敬虔なキリスト教の信者だった彼女は成功に驕らず、数々の慈善事業を行っている。
ジェニー・リンド奨学金、小児病院、遊園地の設立などにとどまらず、行く先々でコンサートの収益金をその土地の貧しい人に寄付し、またストウ夫人の推進する奴隷解放団体にも捧げられた。

晩年はイギリスに移住、67歳で永眠。 

きっと天国で天使達と歌っていることでしょう。

ヴェルディ

この冬、やたらベルディの生涯を書いた本をたてつづけに読んでいますが、劇場と言う空間はそこで働く各々の立場の人間に、計り知れないストレスを与えるものだと、つくづく思い知らされました。
モーツアルトもシューベルト、ベートーベン、その他の作曲家も経験したとは聞いていましたが、いづれも検閲だの、妨害だので苦しみ、多くの葛藤の末やっと初演にこぎつける。  ところがここまではまだ序曲に過ぎず初演が終われば、ペンの報復が待っている。 多くの苦労、胃が捩れそうなほどの忌々しい思いを乗り越えてきたにもかかわらず、批評家はいとも簡単に1行の否定で作曲家を地獄に追いやる。
熱狂している聴衆の反応もあてにはならない。 不評に終わった初演の結果を、作曲家はやがて時間が正当な評価を下してくれるのを我慢強く待たなければならない。

ベルディはまだラッキーな方かもしれない。
彼がオペラの題材に選ぶのは他国の圧制に喘ぎ、自由を渇望して歌うシチュエイションが多く、時あたかもイタリアの統一運動が起ころうとしていた時代で、ハプスブルグ家に反感を持つ国民感情とダブっていたこと。
ベルディ自身も誰にも引けをとらない愛国主義者だったことも幸いだったと思う。
加えてこれは実に偶然なのでしょうが、、統一の中心である Vittorio Emanuele Re d' Italia イタリア国王ヴィットーリア・エマヌエーレ万歳!の頭文字をとるとVERDIという名前と合致することも、イタリア独立の象徴的存在に担ぎ上げられた一因になったらしい。

ヴェルディ自身も劇場関係者に多大なストレスを与えた。
脚本家、興行主、歌手、演出、衣装や美術までこと細かく支配する独裁者であったらしい。 長い生涯に数多くの慈善を行ったと聞いていたので、温和な性格なのかと勝手に想像していたので、少々意外でした。
全ては完璧な上演の為。 失敗に終われば苦杯を飲むのが目に見えているから。それは散々味わったから、、、





ヴェルディ?イタリアの魂/没後100周年記念
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アグネス・バルツァ

いつだったか、新聞でアグネス・バルツァのエピソードを読みました。

日本のソプラノ歌手の小さな記事でしたが、練習中 私たちは仲間なのだからTu(あなた)では無く Du(もっと親し

みのある2人称)で呼び合いたいと、あの大歌手に言われたと。

カラヤンにさえ言うべきことは言いたいだけ発言する度胸ある、胸のすく様な姉御肌の女性。

そしてアムネリスやエヴォり公女などの嫉妬に狂った、食いつくような表現力

世界中を飛び回る歌手という仕事を選んだ以上、結婚してもこどもは持たないとすっぱり断言する潔さ。

こどもは荷物みたいに持ち歩くことも、置いてくることもしたくないからというのが理由でした。

どれをとっても、男勝りと言うか、小気味いいほどの凛とした生き方に、魅力を感じます。

こどもを親の都合であちこち連れまわさない事から、こどもをいたわる女性らしい面も窺えます。

その彼女が歌のことで少々落ち込んでいる日本人の後輩に、「スランプに陥るとね、その分歌が巧くなるのよ」

と言って慰めてくれたそうです。

なんて素敵な人でしょう!

10月19日午前1時からBS2で、、

この夏BS1でベネズエラの子供達に楽器を練習させオーケストラに育てたドキュメンタリーを放送していました。
私は仕事中だったので20分くらいしか見られなかったのですが、大変興味深くズルズルと見入ってしまいました。
放課後子供達は楽器の練習に何時間も費やし、結果的に犯罪にかかわる時間、機会が無い状態になっている。簡単に犯罪に手を染めてしまう環境に居るにもかかわらず、、。
そうやって子供時代を犯罪とは無縁の生活を送り、一般的な社会人に成長する。
これを30年も続けているそうです。 この子達から犯罪者は出ていないそうです。
当然初期の子供達はすでに40代に入り、人の子の親になっていることでしょう。
わが子にも犯罪から隔絶した人生を望むはず。その為に楽器なり何か夢中になる何かをあたえるのではないでしょうか?
ある人はスポーツだっていいじゃないかと考えるでしょうと、解説者は言います。
しかしスポーツは5割の確率で負ける子が出ると。
音楽はだれも負けない。皆が勝ちになれると。

これ以上は見られず、TVを消してしまったのですが(録画するという知恵が廻らなかった!) 今月18日~19日の真夜中1時からBS2で再放送をするとのこと、皆様も是非録画してご覧ください。
前半2時間ほどがドキュメントで、後半はそのオーケストラの演奏だそうです。
詳しくはNHKのBSクラシックシートのホームページに載ってています。

そろそろオペラの季節!

涼しくなるとオペラを聴きたくなるのは私だけでしょうか?

毎年ですが9月になると、ヴェルディの重厚な四重唱などを耳が聴きたがります。

まるで仕事帰りのお父さんが吸い込まれるように居酒屋に入り、”とりあえずビール!”と注文するように、”とりあえ

ずオテロ!”なのです。  今年は衛星放送でミラノスカラ座の「ドン・カルロ」がオンエアーされ、久しぶりにじーっと 
画面を見つめるほどの聞き方でしっかり堪能しました。

このオペラ有名なアリアや重唱がある中特に取り上げられない歌ですが、フランスに帰される女官をエリザべッタが

慰める歌に私は妙に感動します。 

嫁ぎ先の宮廷の窮屈さに心まで押しつぶされそうな彼女の胸の内、私の心もあなたと一緒に故郷につい

て行きますと歌うあたりは、かろうじて我慢しているが限界ぎりぎりな悲愴感が漂う歌です。

今回の演出は幼少時のカルロとエリザベッタの子役達が心理を表現していて、可愛くもあり実際にもこんなに幼い

頃からしきたりや立場という魔物に支配され王子様、お姫様でありながら意のままにならない人生を強いられたの

だろうことを暗示していていたいけない思いにかられます。子役をつかうのは効果的ですね。

エボリ公女はオブラスツォワ、アグネス・バルツァ、ヴァルトラウト・マイアー等を聞いてきましたが、強烈なのはバル

ツァですね。嫉妬に狂う女性の山猫のような鋭さが凄みがあって耳にも記憶にも残ります。好みを言わせていただ 

ければマイヤーが気に入っています。

天の声も楽しみの一つ、今回も綺麗でした。



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音楽は最高、演出はも ...

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日めくり万葉集

先日、桜の歌が撰ばれていました。
撰者は桜守 佐野藤右衛門さん。
桜守という職業、 京都嵯峨野にある桜畑、どちらもみやびというか羨ましいというか、、。
素人には計り知れない苦労は推して知るべしでしょうが、桜に寄せる思いも私たちよりはるかに深そうです。歌に詠まれた春雨に当たり桜が寒くはなかろうかと思いやる愛情は、守という職業だからこその同じ発想なのではと思われるほど自然な語り口でした。関西の柔らかい口調で、ボツボツと。

坂之上郎女が甥の家持が家路に着くまで佐保の風よ、強く吹かないで居ておくれ、あの子は薄着で帰ったから、と心を砕く歌を思い出します。

桜畑には200種類の桜があり、それぞれの美を競うとか。折りしも那須の山桜は満開の時期を過ぎ、風が吹くと花吹雪が見られる時期。今年は咲くのが早く、ゴールデンウィーク中に満開になってしまい見損ないました。桜のあとは藤。これも花びらが落ちて川を下りよどみのところに集まり、ゆらゆらと水面に浮いて漂うのが美しい.

日めくり万葉集はバックに流れる音楽も注目。
ハープの伴奏の上にブラームスの歌曲を弦が奏でるなんて日がありました。凝ってますねえ。

いとしいワンコ トム!

今日は犬の話。 うちの犬は気弱なお人好し。 平和主義者です。 後から来た女王猫の言いなりになって、1日中ヘドモドしています。
死にそうな目に会ったのか時々悪い夢を見てヒンヒンと泣きます。名前を呼んで起こしてあげます。
こんな性格のいい犬が辛い思いをするなんて可哀想です。

お医者さんに行くと、「ここでは注射されたりひどい目に会ってばかり、入りたくないよ~」と少々抵抗しますが、お母さんの言うことは聞かなきゃいけないと解っていて、ある程度意思表示すると気が済んで病院内に入ります。 けれどもお座りして待っている間ずーっとブルブル震えています。   雷に怯えだけでも猫に嗤われているのですが、この情け無い姿を見たら猫がどれだけ蔑むことか!
白河のお医者さんはクマさんみたいな大きな方で、必ず患者の頭をかき撫で「いよー、トムどうだ?」と話しかけコンタクトをとってからでないと診察しません。 本当に動物をいたわるお医者さんです。
病気で行った時は「トム、病気で来ちゃだめだよ。予防だけにおいで!」と言ってくださいます。

診察中はいつもに増して静かにしています。震えは止まりませんが。終わるや否や診察台から飛び降り車に乗り、私は支払いに戻るのですが、窓越しに車中のトムを見てふきだしてしまいます。
助手席に乗せた筈のトムが運転席に移動していてハンドルに鼻がつきそうなくらい。 さっきまでのビビリは何処へやら、澄ました顔してすわっています。  「君は免許を持ってないでしょ、ほらそっちへ行って」と言うと、しぶしぶ助手席に移ります。

愛すべきお騒がせ猫

全くうちの猫ほどドライブの嫌いな猫もいないでしょう。 車に乗せてから降りるまでにゃ~にゃ~叫びっぱなし、時にはゴロニャ~~~?!#*&と唸る、喚く、ガナル、雄叫びル(こんな動詞はないか!) 考えつくあらゆる手段を駆使して、「この車、動くじゃない、私動くもの嫌い!揺れるなんて耐えられない、私を平和な動かない世界に戻して~~!!」と言うのです。
犬も一緒に乗せている時は、もっと大変。気の弱い犬はこのオタケビを聞き、自信喪失になり、ヒーともホエーともいえない悲鳴のような声を出すのです。「ゴロニャー~?#”%$~,」 「ヒエー~」これが繰り返される車を運転することを想像してみて下さい。 決して快適なドライブではありません。

猫を移動させる為のバスケットがあり勿論その扉を閉めておくのですが、これも引っかく、押すなどしてとうとうぶっ壊してしまいました。 あな怖ろしやデブ猫の馬鹿力!  
自由を得た猫は先ず私の膝の上に乗ります。 自然ハンドル操作がおぼつかなくなり車を止めて猫の首輪に紐を結び固定させ、運転を再開するのですが、何をどうしたのか器用にも紐から開放されまた運転席に来ます。

ならばと洗濯ネットに押し込みチャックをして、「どうだ、これなら出られまい!所詮猫は猫よのう!」と安心して運転を始めると、なんと紐以上にスルリと脱出し、今度は運転席の下それもブレーキを踏みづらい所に鎮座ましましておじゃる。  これじゃ天国に行っちゃうわ、まだ行きたくないのよね。特にこの鳴きっぱなしの猫とはね!こんなうるさい猫天国でも迷惑がられるでしょう。
白河の動物病院へ行くにはひと山超えなければならないのですが、くねくねした細い山道をブレーキを踏みづらい状態で運転するのは、無謀というもの。
仕方なくエコバッグに入れ、持ち手を吊り下げながら、病院に到着。

ところが先生の前では、借りてきた猫とは良く言ったものおとなしい猫に変身!
注射も静かにさせ、さっきまでの喧騒は何だったの?とこちらが叫びたいくらい。

そして帰途、エコバッグから頭を出そうとする猫の頭を手のひらで押さえ、ハンドルは右手だけでまた山道を引き返していたのですが、ある時から妙に臭くなってきました。彼女やってくれました。
自分でも気持ち悪いのでしょう、上に上に出ようとする力がさらに増し、抑えっぱなしの左腕もこわばってきましたが
ここで緩めたら、彼女は車中あちこちにくっつけてくれることでしょう。
その掃除にかかる時間や手間を考えると、俄然力が入ります。
オタケビの声もかすれるほどになった頃、わが家に到着。 袋ごと連れて帰りうんとこさ洗ってやりました。

その晩、だるさの取れない腕で猫を抱っこし、「ドルチェ、長生きしてね!」と言いました。

青柳 いづみこさん

ここ1,2年青柳さんの本を集中して読んでいます。
専門的な内容ですが、整然とした文章で、特にこれは解らないだろうと推測されたことは丁寧な説明もあり、
読みやすくユーモアも交え、演奏者の立場からの視線や苦労、内輪話、葛藤など、驚くことばかりで
そういう意味でも面白く読めます。

中でも「ピアニストは指先で考える」は細かくピアノ演奏の技術などを言及していて、いかに私が度素人かよくわかります。
また、初見演奏などはプロはそこまで数分の間に楽譜から読み取りができるのかと驚きます。
ましてやオーケストラのスコアを初見で弾く時はどの音が重要かを見抜き、埋め草は和音にしてしまうとかが出来なければならないらしい。 サン・サーンスのエピソードなどは小気味いいばかりです。

四谷の男の子

何年か前四谷の交差点で信号待ちをしていたときのことです。
凄くすっごく急いでいるOLらしき女性が信号が青くなるのを待ちかねて車道に30センチ程出ていました。
オリンピック選手のように1秒の何分の1を争うほどの躍起ぶりでした。
それを見た5歳くらいの男の子が、「そこ出ちゃいけないんだよ」と言いました。
言われた女性は恥ずかしそうにうなだれ、身を少し引きました。
周りの大人たちは思わずにやーとしてしまいました。
皆同じことを感じたのだと思います。  「少年よ、君は正しい!だが、急いでいる女性のハラハラした、30センチでも前にでてしまうその気持ちもよーくわかる」と。
 気恥ずかしい思いの女性の立場を擁護してその子のお母さんが、「お姉さんは急いでいるのよ」と言うと、
「でも出ちゃダメなんだよ」と繰り返します。正義感の強いお子さんなのでしょう。
大人になるとナーナーになってしまうルールやマナー。
あれこれ守らなくてもいいへ理屈を作って、そのほうが社会が円満にことが運ぶだの、まるで年を重ねて見識の高い知恵者にでもなったような思い違いをしている大人もいます。
今回のアメリカのサブプライムローンに端を発した金融危機も、この男の子のような警告をする誰かがいたら、世界が違っていたのかもしれませんね
明らかに自分の身の丈以上のお買い物をするとどうなるのかわからなかったとは大人の行動とは思えません。
儲かるからといって言葉もわからないヒスパニックの人にローンを組ませて、不良債権になる可能性の高い保険商品を少しづつ組み込ませて収拾のつかない状態にしてしまった大手金融機関 税金で救済されたにも係わらずそのCEO達は巨額のボーナスを当然のように受け取る。
欲の皮の突っ張った彼らをあの男の子に叱り飛ばしてほしい。  「そんな事しちゃいけないんだよ!!」

ウィーンのカフェ

ウィーンといえばカフェ、芸術家が数多く集まった古き良き時代から老舗として君臨していた有名なカフェの目と鼻の先に、アメリカ発の新しいコーヒーチェーン店が出来て、顧客が少なからず流れていると、新聞で読んだのは2~3年前だったかと思います。
老舗店ではゆったりした時間を過ごせるように、昔から変わらないサービスを続け、ウェイター一人ひとりが誇りを持って接客しているとのこと、決してうろたえてはいないと凛とした反応だったとか。
お菓子好きから見れば、有名なケーキがあるから安泰なのでしょう。
そして今回の金融危機により、チェーン店が世界中の店舗から300店閉鎖すると発表がありました。
新聞にでていたのはウィーンのケルントナー通りにあるのでその店は閉鎖を免れたとは思いますが、老舗にしてみれば開店したり閉まったりなんと忙しいことよ、、と目を丸くしているかもしれませんね。

ウィーンのカフェで忘れられないのが、オペラ座とブルグ劇場の間のリンク沿いにマーラーが通ったというカフェの
ビーフスープ、  その美味しかったこと!
多分大鍋で常にとろ火で何時間も煮込んでいるのでしょう。
真似して何回か挑戦しているのですが、足元にも及びません。何が入っているのでしょう?
祖母から聞いた話ですが、100人分ほどの豆の煮込みを試食し、あまりの美味しさに問いただすと、野菜は大量に煮込むとお互いにダシになり合うとのこと。 そんな事を思い出させる味でした。

先ほどのその名を冠したケーキで知られるカフェでは、スモークサーモンのサンドイッチがお勧めです。
サンドイッチを頼んだのにナイフとフォークが出てきて、私のドイツ語通じなかったんだと嘆いていたら、それが必要なサンドイッチだったのです。
それがまた絶妙においしくて、顔が勝手にニマ二マしてしまうのです。
魚の嫌いな姪も半分ペロっとたいらげました。

骨密度

町の検診で骨密度を測ったところ、この年なら2.4か2.5あれば正常な値らしいのですが、私めは2.6あり年より若いのだそうです。こんなことを自慢する為に書いている訳ではないのです、問題は保健婦さんにこんなにいい結果が出たのは若い頃から何かスポーツを続けてきたのかと訊かれたことです。
スポーツはホントだめな方で、人と争うのは大嫌いな人間で、合唱コンクールでさえ争う気持ちにはなれないのです。
スポーツは一人で走る、歩く、泳ぐ、雪面とお友達になって滑る、、専ら楽しむことしか考えていません。それも稀にしかやらないサボりやです。
保健婦さんは1日に200mgカルシウムを摂れば正常値を確保できると仰っていましたが、彼女の口調はカルシウムの摂取量より運動のほうがずっと効果があるかのようでした。
ボケ防止、生活習慣病防止などにも、運動は大事な要素だと聞きますので、わかるような気がします。

クリスタ・ルドヴィヒ

クリスタ・ルドヴィヒがメゾからドラマティックソプラノに転向したことがあるのだそうです。
私がきいたことがあるのはエレクトラの母親かワーグナー物くらい,全てアルトの役です。
鮮明に覚えているのはフェアウェルコンサートの彼女の声。
まだまだ瑞々しく豊かなのに勿体無いと思いました。
インタビュウでリタイアしたら先ず何をしたいかの問いに、「軽いのでいいから、風邪をひいてみたい」と答えました。
さすがのプロ根性。自分に厳しく生きてきたのですね。
ボーイッシュなオクタビアンだったということ、観たかったですね。勿論最後の3重唱などの歌もです。
ドラマティックソプラノの歌も録音などないのでしょうか?


こんな事って!

先日、ニュースでトリノでのハプニングを放映していました。
ユーリ・バシュメット指揮ソロのヴィオラの為のコンツエルトポエムという曲の演奏中
弦の付け根がバンと音を立てて外れてしまいました。
あまりの唐突な出来事に対処もかんがえられず。、ただ肩をすぼめるバシュメット。
1758年製作のヴィオラだそうで、2重の意味でショックだったでしょう。
コンサートは主席ヴィオラ奏者の1600年代の楽器でやり直し。
お客さんは滅多にないハプニングがあったものの、2つの楽器の音色が楽しめて
ちょっと美味しかったかも知れませんね。

トスカに纏わるいろいろ

先日のオペラの本の題名を書かなかったので今回遅まきながらながら紹介します。
相沢 敬三著 「オペラオペラオペラ」天上桟敷のファンからの  という私めの為にあるような本です。

トスカの歴史背景がどうだったか、原作ははるかに大勢の人物が複雑に存在するのだとか興味深いです。
アンジェロッティが、スカルピアがどういう政治上の立場なのか、殺した彼をトスカが「この男のためにローマ中が震えていたのね」と呟く理由がわかるような解説です。

モーツアルトとロッシーニの間のピッチンニ,パイジェッロ、チマローザ、ケルビーニ、マイール、スポンティーニの時代で、フィクションの歌姫とはいえトスカが歌っただろう曲はどんな曲かと創造するのも楽しいとも。

カバラドッシの拷問の合間、ナポレオンがマレンゴで勝ち味方は敗走したとの伝言が入り苦い思いのスカルピアにVittoria、、と勝ち誇ってと歌いますね。
実はマレンゴで勝った時ある料理が生まれました。
ナポレオンは負けを知らない為、軍の食糧は持たず勝ったその地で調達していたそうです。
マレンゴの住民は居なくなり、畑の作物や家畜をかき集めて実に簡単な料理がつくられたのです。
ニンニク、玉葱の後に鳥をソテーし荒みじん切りのトマトと白ワインで時間をかけて煮込む。
鶏肉のマレンゴ風の出来上がりです
簡単ですね。2時間も煮れば型崩れするほど柔らかくなってます。
村上信夫さん(帝国ホテルのコック長さん)の本に載っていました。上記のエピソードもです。
是非作ってみてください。
ワインをあけて、トスカでも聴きながら召し上がれ!