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この冬、やたらベルディの生涯を書いた本をたてつづけに読んでいますが、劇場と言う空間はそこで働く各々の立場の人間に、計り知れないストレスを与えるものだと、つくづく思い知らされました。 モーツアルトもシューベルト、ベートーベン、その他の作曲家も経験したとは聞いていましたが、いづれも検閲だの、妨害だので苦しみ、多くの葛藤の末やっと初演にこぎつける。 ところがここまではまだ序曲に過ぎず初演が終われば、ペンの報復が待っている。 多くの苦労、胃が捩れそうなほどの忌々しい思いを乗り越えてきたにもかかわらず、批評家はいとも簡単に1行の否定で作曲家を地獄に追いやる。 熱狂している聴衆の反応もあてにはならない。 不評に終わった初演の結果を、作曲家はやがて時間が正当な評価を下してくれるのを我慢強く待たなければならない。 ベルディはまだラッキーな方かもしれない。 彼がオペラの題材に選ぶのは他国の圧制に喘ぎ、自由を渇望して歌うシチュエイションが多く、時あたかもイタリアの統一運動が起ころうとしていた時代で、ハプスブルグ家に反感を持つ国民感情とダブっていたこと。 ベルディ自身も誰にも引けをとらない愛国主義者だったことも幸いだったと思う。 加えてこれは実に偶然なのでしょうが、、統一の中心である Vittorio Emanuele Re d' Italia イタリア国王ヴィットーリア・エマヌエーレ万歳!の頭文字をとるとVERDIという名前と合致することも、イタリア独立の象徴的存在に担ぎ上げられた一因になったらしい。 ヴェルディ自身も劇場関係者に多大なストレスを与えた。 脚本家、興行主、歌手、演出、衣装や美術までこと細かく支配する独裁者であったらしい。 長い生涯に数多くの慈善を行ったと聞いていたので、温和な性格なのかと勝手に想像していたので、少々意外でした。 全ては完璧な上演の為。 失敗に終われば苦杯を飲むのが目に見えているから。それは散々味わったから、、、 |
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